はじめまして。ヨガ旅案内人のYASU(ヤス)です。
このコラムでは、「ヨガ旅」についてお届けしていきます。ヨガ旅って何?どんな人が参加しているの?実際に行ったら、どんな体験ができるの?そんな疑問に、一つひとつ向き合っていきます。
私はこれまで、さまざまなヨガ旅に参加し、多くのインストラクターや参加者の方と時間を共にしてきました。
その中で見てきた体験や、聞いてきた声を、このコラムを通してお届けできればと思っています。ヨガ旅のことを「知る」場所として、ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
さて、第1回のテーマは一番基本的なところから。「ヨガリトリートとヨガ旅、何が違うの?」というテーマから始めたいと思います。
「リトリート」という言葉の正体
「リトリート」という言葉を聞いたとき、みなさんはどんな印象を持ちますか?
正直に言うと、初めてこの言葉に触れた方の多くが、少し戸惑います。なんとなく、特別な人が行くもの。
心身が疲れ果てて、もう限界、という人が自分を取り戻しに行く場所。あるいは、意識の高い人たちが集まって、難しいヨガや瞑想を黙々とこなすところ。
「自分なんかが行っていいのかな」と、どこか遠い話のように感じてしまう。
その感覚、おかしくありません。むしろ、そう感じるのは自然なことだと思います。
だからこそ、このコラムの最初に、ここを整理しておきたいと思いました。「リトリート」という言葉の正体と、私たちが「ヨガ旅」と呼ぶもののお話です。
「リトリート」という言葉はもともと、英語のretreat=「退く」「引きこもる」という動詞から来ています。日常の喧騒から一歩引いて、自分自身に戻るための時間。本来の意味は、それだけです。何か特別な修行をするわけでも、限界まで追い込まれた人が駆け込む場所でもありません。
ただ、少し立ち止まる。いつもと違う場所に身を置いて、自分のペースで呼吸をする。それがリトリートの原型です。
ではなぜ、「疲れた人が行くもの」「特別なもの」というイメージがついてしまったのでしょうか。理由のひとつは、日本にこの文化が入ってきた経緯にあります。海外では、ビジネスパーソンや経営者が週末にリトリートで「充電する」という習慣が根付いています。
日本に最初にその情報が入ってきたとき、「意識の高い人がやること」「本当に疲弊した人がやること」というニュアンスが先行してしまいました。
その結果、リトリートという言葉に少し重さがついてしまいました。それに加え、リトリートそのものが持つ非日常感。「自分にはなんだかそぐわない」と感じる方も少なくないようです。

ヨガリトリートとヨガ旅は同じもの
少しだけ種明かしをすると、「ヨガリトリート」と「ヨガ旅」は、実は同じものを指しています。違うのは、言葉の温度感だけです。
ヨガリトリートと聞くと少し身構えてしまうけれど、ヨガ旅と聞くと不思議と近く感じる。
「旅」という言葉には、どこか気軽さと、少しの冒険心が宿っているからかもしれません。 ヨガと旅を組み合わせ、日常から離れた環境の中で自分と向き合う時間。
早朝、まだ静かな空気の中でマットを敷いてヨガをして、丁寧に朝食をいただき、その土地の自然や空気を感じながら時を過ごす。夕方また体を動かして、夜は静かに自分の内側に向き合う。
そういう一連の流れが、ヨガ旅の基本的な形です。旅という名前の通り、観光やアクティビティを楽しめるプランも多く、ヨガだけに縛られない自由さもあります。
スタジオでのレッスンとは時間の質がそもそも違います。1時間のレッスンではなく、まるごと1日、2日、3日が自分のための時間になる。それが、ヨガ旅という体験の核心にあるものだと思っています。
「リトリート」という言葉に身構えてしまっていた方にとって、「ヨガ旅」という呼び方が入口になるなら、それで十分だと思っています。

参加する理由は、なんでもいい
私がこれまで関わってきたヨガ旅には、本当にさまざまな方が参加してきました。
「ヨガをもっと深めたい。スタジオのレッスンだけでは時間が足りない」という方。
「とにかく旅がしたかった。ヨガはむしろついでかもしれない」という方。
「職場の状況に疲れて、とにかく日常から離れた場所に行きたかった」という方。
「友人に誘われて、ほとんど内容もわからないまま申し込んだ」という方。
なかには、「何かが変わりそうな気がして、理由はうまく言えないけど来てみた」という方もいました。
参加する理由も、期待することも、不安に思っていることも、みんなそれぞれ違います。それでいいと思っています。というより、それが自然なことだと思います。
旅に出る理由が「疲れたから」でも「楽しみたいから」でも「なんとなく」でも、どれが正解でどれが間違いということはありません。観光旅行に「この旅の目的は何ですか」と問われて戸惑うように、ヨガ旅も、目的を明確にしなければいけないものではないのです。
むしろ、「ちゃんとした理由がないと行ってはいけない」と思い込んでしまうことの方が、もったいないと感じています。
帰り際に、みんなが言う言葉
旅の終わりにはたいてい、みんなの顔がほころんでいます。「楽しかった!」という言葉と一緒に、決まってこう続く言葉がある。
「こんなに自分のために時間を使ったのは、いつぶりだろう」
何度聞いても、この言葉には少し胸を打たれます。ヨガが深まった、景色が綺麗だった、ごはんが美味しかった。そういう具体的な感想が出てくる前に、まずこの言葉が来る。
考えてみれば、当たり前のことかもしれません。日常の中では、誰かのために、何かのために時間を使うことがほとんどです。仕事、家事、育児、人間関係。自分だけのために時間を使うということを、後回しにしているうちに、そのやり方さえ忘れてしまっている。ヨガ旅の数日間は、そこに気づかせてくれます。
「自分に還る感覚だった」と表現する方もいます。うまく言葉にはできないけれど、確かに何かが変わった、という実感。
ただの「旅」でもなく、ただの「ヨガレッスン」でもない。 「ヨガ旅」にしかない体験が、そこにあります。疲れ果てた人だけが来る場所でも、特別な人だけのものでもない。ただ、自分のための時間を丁寧に過ごす。
それだけのことが、日常に帰ってからも、何かを少しずつ変えていく。そういう変化を、私はこれまでたくさんの人の中に見てきました。

だから、「ヨガ旅」なんです
「リトリート」でも「ヨガ旅」でも、どちらで呼んでもかまいません。大切なのは名前ではなく、どんな時間を自分に渡したいか。そこだけです。ヨガ旅の入口はいくつもあります。
「ヨガを深めたい」でも「旅がしたい」でも「疲れた」でも「なんとなく気になった」でも。どれも、ちゃんとした入口です。
このコラムでは、そんなヨガ旅のことをこれからゆっくり書いていきます。初めての方が感じる不安のこと、実際にどんな一日を過ごすのかということ、参加した方たちの声、そこで出会うインストラクターのこと。
読み続けるうちに、「一度行ってみようかな」という気持ちが少しでも生まれてきたなら、何よりです。
ヨガ旅の話を、ゆっくりしていきましょう。
言葉では伝えきれない空気感を、動画でどうぞ。
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