日本でもヨガを実践することが一般的になってきた今、ヨガのエクササイズ的な要素以外である、心や思考に作用する「ヨガの教え」に興味を持つ方も増えています。
この連載では、ヨガの教え=ヨガ哲学を体系的に学べる『ヨーガスートラ』を、ヨガインストラクター養成校の講師・インストラクターたちが解説していきます。
2つの『わたし』
ヨガでは『わたし』は2つのものからできていると考えます。
それを『世界を観る存在=プルシャ』と『観る力(五感と考え)=プラクリティ』と言います。
言い換えるとプルシャは『本当の自分』、プラクリティは『いま認識している自分(自意識)』です。
『本当の自分』は常に変わることなく、満ち足りていて、幸福で、無限の存在だとヨーガスートラでは記されています。
それなのに、なぜ私たちは苦しむのでしょうか?
それがアスミター(自我・自意識)という2番目の苦悩の正体です。
『いま認識している自分(自意識)』に振り回されて、幸せで満ち足りている『本当の自分』に気づけなくなってしまうことから苦しみが生まれるのです。
では『いま認識している自分(自意識)』に振り回されるとはどういうことなのでしょうか、読み解いていきましょう。
第2章6節
ドゥルグ・ダルシャナ・シャクティヨーホ エーカータ イヴァ アスミター
世界を観る存在と、観る力(五感と考え)の特徴を混同し、(自分と心が)まるで同一化してしまっているようにみえることが、アスミター(自我・自意識)です。ヨーガ・スートラ(やさしく学ぶYOGA哲学ヨーガ・スートラ参照)
「わたしは○○です」にとらわれていませんか?
「今から皆さんに自己紹介をして貰います。1分間で考えてみましょう」
こんな風に言われたら、皆さんは何と答えるでしょうか?
例えば、何人かがこんなふうに自己紹介をしてくれたとします。
「わたしはいつも元気な人です」
「わたしは小さい頃から背が高いです」
「わたしは高校生です」
「わたしは化粧品メーカーに勤めています」
では、自分を表している「わたしは○○です」は、全て永遠に変わらないものでしょうか?
「わたしは○○です」が全て変わってしまったら、「わたし」という存在はどうなるのでしょうか?
いつも元気な人も、たまには落ち込むこともあるでしょう。
背が高いと思っていた人も、海外に行ってみたらむしろ背が低い方かもしれません。
高校生も数年たてば、成人して社会人です。
いまは化粧品メーカーにいますが、何年後かには転職しているかもしれません。
元気がなくなっても、背が低いと気づいたとしても、成人しても、勤めていた会社がなくなっても、わたしという存在がいなくなる訳ではありません。
でも、私たちは「わたしは○○です」ではなくなることに苦しさを感じたり、「わたしは○○です」であることに苦しさを感じたりします。
この「わたしは○○です」が、まさに『いま認識している自分(自意識)』なのです。
このように『いま認識している自分(自意識)』にこだわることで振り回されて、アスミターという苦しみが生まれます。
心の揺れが穏やかになった時、気づきが生まれる
アスミターという苦しみは『いま認識している自分』の感情に振り回されることからも生まれます。
例えば、とてつもなく悲しいことがあり、わんわんと大泣きしている自分を想像してみてください。
あなたの頭は悲しみでいっぱい、胸は張り裂けそうです。そんな時に、冷静に仕事や勉強について考えたりできそうでしょうか?
人は怒っている時など、大きく感情が動く時やその感情に没頭している時に周りが見えなくなったりします。
つまり、いま認識している『わたし』に振り回されて、本当の自分である幸せで満ち足りた『わたし』の存在に気づけなくなってしまうのです。
実は、アスミターによる苦しみの根本的原因も、『本当の自分』という真実を知らない無知からくると言われます。
一度、深呼吸をしてみる
ヨガは揺れやすい心の動きを穏やかにしていくものです。
揺れる感情に振り回されない時、私たちは幸福で満ち足りている『本当の自分』に気づくことができます。
「今日は大事な会議があるのに朝からお腹が痛い、わたしっていつもそう」
「友達はみんな細いのに、わたしだけ太っている気がする」
「この仕事を辞めてしまったら、生きている意味がない」
このように感情に振り回されて苦しむことがあったら、『いま認識している自分』に振り回されていることに気づく練習をしてみましょう。
『いま認識している自分』と距離を置いて、遠くから眺めているイメージです。
まずは、大きく深呼吸をしてみるのが良い方法です。
そして、余裕が出てきたら、目を閉じて少しだけ静かな時間を持つ。
更に慣れてきたら、1分から瞑想を始めてみてもいいかもしれません。
呼吸に意識を向ければ、心の揺れが少し穏やかになる瞬間が訪れます。
心が静かになった時、『いま認識している自分』を客観的に見ている『本当の自分』の視点に立つことができます。
『本当の自分』の視点に立った時、『いま認識している自分』にこだわらず、距離を置いて楽しむ余裕が生まれてくるかもしれません。
この世界を客観的に楽しんでみよう
ヨーガスートラでは、いま感じている感情も動かしているカラダも、出来立ての料理を目で楽しむ、舌で味わう、鼻でいい香りを感じるといった五感も、すべて私たちに与えられた道具だと言われます。
道具は『いま認識している自分』があるからこそ、わたしたちはこの世界を色鮮やかに体験できますが、『本当の自分』ではありません。
『いま認識している自分』に振り回されることなく、この世界を楽しんでいくためにヨガの練習があるのです。
セミの声や風鈴の音に、夏の気配を感じることができるのも、私たちに与えられた聴覚という五感のおかげですね。
『いま認識している自分』を遠くから眺めるように、この世界での体験や学びを楽しんでみてはいかがでしょうか?
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